エッセイ

それ固定観念に縛られてない?気づかず損をしているかもよ

こんにちは。「今日、ケンタッキーにしない?」が脳内無限ループ中な、あわもるです。

 

あなたは固定観念って意識したことありますか?

この固定観念てやつはけっこうクセ者で、一回その考えにハマるとなかなか抜け出すことが難しい。

べつに固定観念自体は悪いことじゃないんだけど、うまく付き合っていかないと、下手したら人生損をしちゃううよなーと思ったので、考えてみました。

固定観念を外せるようにしよう

最初に、固定観念とは、

固定観念(こていかんねん)は、固着観念(こちゃくかんねん)ともいい、他者の意見や状況の変化に応じず、そして行動につながっているような観念のこと

出典:Wikipedia

 

良いか悪いかはひとまず置いといて、ぼくは、固定観念を外せるようにするのって大事だな~と思ってるんです。

固定観念を外せると、今まで知らなかった側を知る事ができて、新しく自分が選べる道を増やすことも出来るんですよ。その方が楽しくないですか?

 

ぼくのかつてのスタバへの固定観念を例に、お話していきますね。

固定観念を持ちすぎると損をしてる可能性がある

ぼくは昔、スタバを”勝手に”嫌ってました。

2005年くらいだったかな、当時のスタバは今ほど日本人に知られてなく、おしゃれな人や流行りに敏感な人が行ってるイメージでした。

 

ぼくは流行ものにも美味しい物にも興味がなく、質より量のマクドナルド至上主義だったのでカフェなんて縁もゆかりもなかったんです。

だから女の子とデートに行くときも、まずはカフェで一息入れてから、みたいな発想なんか一切なく、

待ち合わせ→映画館直行→マックで感想会→解散

こんな流れが鉄板だと思い込んでたんです。
だから2回目がなかったんですね( ˘ω˘)死にたい

 

だので、スタバは未知の領域・謎すぎて、友達やネットからの情報で

「スタバってメニュー置いてないんだよ、スムーズに注文できないと店員に鼻で笑われるんだよ」

とか

「スタバ店員は『パッション』という言葉で士気を高め合って、毎日深夜までコーヒーについてディスカッションしなきゃいけないんだ」

よく分からん情報でスタバ=身内だけで盛り上がっててなんかチャラい、イケ好かない感という固定観念を抱いて敵視しちゃってたんです。 ただの非モテのひがみです、はい。

 

そこからもう少し大人になり、美味しい物に興味を持ち始めたぼくは、ある時友達と遊びがてらにお茶をしに、スタバに行くことになったんです。

結果、なんということでしょう、スタバはゆったりしたソファや落ち着いた雰囲気の、居心地の良い空間であることが分かったのです。(フラペチーノ、おいしい..!なんだこれは!!)

 

その後も別のスタバに行ってみるとやはり、居心地の良い空間で。

店員さんは優しくて。

忙しいのに笑顔で丁寧に注文の仕方も教えてくれる。フラペチーノおいしい。

 

もうね、すっかりファンです。

Wi-Fiお借りして、ゆっくりさせてもらってますよ。

なんで今までスタバ行かなかったんだと後悔しました。(まぁ行ってたとしても、人間的な問題でデートは上手くいかない)

 

ほかにも、

●村上春樹って、毎年受賞するなんちゃらでファンが集っててイケ好かない!
とか思ってたけど、読むとその世界観がクセになる。

(「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」:2つの世界・無機質ファンタジー感が面白い)

 

●新作ドラマやアニメを、キャストやCMでつまらなさそうと判断して見なかったら、ある時ふと見たら、めちゃくちゃ面白くてDVD買って最初から見直した。

(アニメ「昭和元禄落語心中」:落語の話で馴染みはないのに、ストーリーや声優さんの演技に引き込まれる!)

 

こうして「前から知ってたらよかったのに!昔の自分のバカ!」と損した気分や後悔するのも、固定観念が考え方を狭めていたからなんですね。

 

刷り込まれている可能性もある

もしかしたら、知らないうちに固定観念を刷り込まれてるパターンもあります。

 

ぼくの父はビールが大好きで、若い頃は1時間で何瓶も空けちゃう程のビール好きだったらしいんです。

父は「キリンビール」が好きで、「アサヒビール」はあまり好きじゃなかった。

小さい頃からキリンビールばかり飲んで「アサヒは好かぬ」とか言っていた父を見て育ったぼくは、当然のようにキリンビール派に育ったんです。(今はアサヒも飲みまくったうえで、キリンがいいなぁと思うに至ってます笑)

 

このように、知らず知らずのうちに自分の思考が固定観念に縛られている可能性もあるから、何も考えずに「わたしのこの選択が正しいんだ!」と思い込むのは危険なんです。

固定観念の良いところ

固定観念にも良い所はあります。

というかもう一度言いますが、本当は固定観念自体は悪いことじゃないんですよ。

固定観念があるからこそ、自分の中に芯が通って物事を早く決断することができるし、人の意見に左右されたり流されたりしなくなる。

ただ、芯の通し方がナナメったり歪んだりヒネくれたりしてしまうと、人の意見を聞かずにネガティブ方向まっしぐらの頑固なヤツになってしまう恐れがあるんです。

 

自分の観念の反対を、2・3回試してみる

じゃあ固定観念でより良い生き方をするための、芯の正しい通し方はどうすんだっつったら・・ぼくもまだ分かりません☆m(__)m

でも、現状の自分の観念がどういう状態なのかを判断する方法は分かります。

自分の観念とは反対のことを最低2・3回は試してみるんです。

 

以前「篤姫」という宮崎葵さん主演の大河ドラマがありました。ぼくが鹿児島と芋焼酎を好きになったきっかけ。

劇中初期、鹿児島でなんか争いがあって、篤姫は争ってる両者どちらの言い分が正しいのか、判じかねていました。

その時に篤姫のお母さんがこう言ったんです

『一方聞いて沙汰するな』

これは、物事を判断する時に片方の意見だけで決めてはいけないよ、という教えでした。

 

スタバも村上春樹もドラマやアニメもビール会社も、片側からだけの目線で判断してはいけないんですね。

だって別方向からの目線でも見てみないと見てみないと、全体像が分からないじゃない。

 

たとえばコインのように、正面から見たら” ○ “でも、横から見たら” “ですよね。

 

そして別方向から見るのも1回だけでなく最低2・3回は見て考えて判断するようにすると、少なくとも自分よがりの固定観念は解消できるのではないでしょうか。

まとめ

固定観念に縛られていないかの考え方をお話しました。

  • 固定観念自体に良い悪いはないが、縛られると損をしているかも
  • たまに自分の固定観念(常識)を疑うこと
  • 迷ったときは反対側の観念(意見)を見てみる事

生き方でも同じことが言えます。

失敗を重ねてしまっていたら他人から責められ

「自分はダメなやつなんだ・・」

と自分でも思い込むようになり、次第にそれが「自分=ダメ」という固定観念になってしまう恐れがあります。

 

一見、それは他人の目から言われている事だから、真実なんだと落ち込んでしまうかもしれません。

でも、そう言ってきた人たちがこの世の全てじゃないですよね?

まだまだ、あなたが知らない、関わっていない世界はありますよね?

 

自分はダメだと思い込むのは、その未開拓地全部試してから判じるのでも遅くないんじゃないですか^^

 

諦めるのは簡単ですが、諦めなきゃこっちの勝ちです。

立ち上がってまた頑張れば、必ず道は見えてきますよ。